2006年6月アーカイブ

老舗はいつも新しい
老舗は常に進化する

こんな言葉よく聞かれる。先日BRIO 2006年発表会へ
行ってきました 東京 スエーデン大使館

BRIO本国からも 担当トップ副社長や前ジャパン代表も
このワールドカップで忙しい中 笑 日本に駆けつけていた

今回の2006でリニューアル さらなるブランド化を目指して
いるようである

今回感じたことは、前回のブリオジャパン設立レセプションの
ときの印象とは、ちょっと異なった印象をもった。
前は旧経営陣だったので、レセプションでも幼児学やおもちゃの
役割、成長過程の関わりなどに多くの時間を割き説明してくれた
もちろん BRIOが直接初めて日本に根付くとためという
意味合いもあるだろうが。

今回の印象は、マーケティング論重視でつまらなかった。
もちろん 色遣いの変更やBRIOが進化していくことは重要だとは
思うので異論はないのであるが。。。

基本は、子どもたちが 1.楽しい 2.遊びから学べる
安全であることは言うまでもないが。今回も安全については 
もちろん大前提と位置づけしていたが

「楽しい」と「遊びから学ぶ」についての話はあまりかじられなかった。 
印象に残ったのは、親の世代をターゲットに、親の求めるものをつくる。こんな風に感じられた
言いかえれば、住居もライフスタイルも親子の関係も家族の関係も大きく変化するのか そのスタイルにあったおもちゃを提供したいということのようだ。 もっともな話ではある 

もともと BRIOは日本では高価で、 親が気に入って買うおも
ちゃ。子供に与えたいおもちゃではあった。しかし根底には、
「楽しい」「学ぶ」重要なポジションでが存在していた
 
このあたりのBRIOの考え方について教えてほしいと感じた

この件は質問中なので回答が来たらお知らせしますね

さて ここまで書いて時間が無くなってきたので また 明日にでも続きを書きますね。^^ でわでわ

さすがに 村上ファンドと秋田の幼い子の殺人事件がつづいては、昨日の朝日新聞の天声人語の始まりにはうなずいた。
はじまりは、中村草田男と与謝野晶子の句などが紹介されていた 与謝野晶子が12人の子の母とは知らなかった。

草田男 俳句
万葉の中吾が子の歯生え初むる

与謝野晶子全集
いとしき いとしき我が子らよ 世に生まれしは幸ひか、
誰か是れを「否」と云はん

だれでも子供をいとおしいと思う共通の概念。のはず。

しかし どうも世間はおかしいと言うか 犯罪がよくわからない。
小さい子供殺人事件。 どうも30代くらいが多いのかなぁ
今度の村上ファンド ライブドア事件 と殺人事件では
内容は全く違うが。。。。しかし よくわからない

ヒューザーや木村建設 昔の政治汚職やいろいろあるが
どうも 悪人としてきっちり 悪役として 悪いことをする 悪と

悪と思っていなくて なんか 欲望のまま
 なんか これくらいいいだろう
   おれが こうしたいから これでいいんだ?

なぜか ちょっと 理解できない
うまく 表現できないが
 成長のひずみが生じている人間が多くなったような気がする

もうすこし 根本的なことから「学ぶ」という事が必用なのかも

頭の善し悪しではなく 頭が良いも 悪いも
 ともに立派な大人になって世間の役にたつこと

教育基本法も見直し
 なんか ほんと よく見直して欲しいものである。

どこか 少し違った人間の割合が増えているように思うのは
私だけでしょうか?

こうも 大きく報道されると 関係ない雲の上の人の話でも気になる。
村上ファンド。 ファンドって何?って うちに入った若い女子社員から聞かれたのは数日前。
さぁ 何でしょう?って応えおいた。笑 私も、脱サラ17年 サラリーマンをやめて大きく変わったこと
新聞、週刊誌・雑誌、本など読まなくなった。 本当に読まない。^^;) それでも情報はテレビや人・ネットからある程度は入ってくるので 私のような喫茶店のマスター稼業にはさほど影響はないようである。

最近 中学校に上がった息子が学校で社説を読んだ方がいいと言われたらしく 私に社説って何だと聞いてきた。わたし同様に さほど賢い子では無いようだ。笑

それで つい10日ほど前から朝日新聞の社説と天声人語切り抜いて毎日夕食の時に渡すことにした。
ついでに 質問されても困らないようにと私にも新聞を読む習慣が戻ってきた(まだ社説だけ)  渡す時に息子には読みたくなければ題名だけ読んで捨てれば良いと伝えている。情報過多の世の中。それに私も社説を読んでもわからないことも多い。

って 余談になったが 今回、社説もテレビ報道も意外にも村上氏への評価はよくない。 これにはちょっと 安心した。

さて お金を儲けて何が悪い。 たくさん税金を納めて評価されるべきだ。 との言い分には賛同しないわけではないが、やはり「道」があるのだろう。 どうも 「お金」への固執が目につく。彼の場合は命の次に大事なものだからしょうがないが。。。

さて 村上ファンドの阪神劇が社説にでていたこともあり
お金は大事なのだが。今は貨幣経済なのであろう・・・。しかし お金で買えない物にみんなが固執すれば お金で買えない物の価値観が勝れば さほど「お金・お金」と言わなくなるだろう と言うような意味合いの話を息子としたことがある
息子は勉強よりも今はサッカーの方が(自分がプレイする)好きなようなのである。そもそも一番気持ちが良いのは、自分が「サッカーでいいプレイ」をした時のようである。それが お金では買えない物の一つだろうと話した。 そして 村上ファンドの金を集めるのは まぁ 君(息子)がゲームをたくさん買って集めるようなもので村上ファンドの金集めは たくさんゲーム集め 持っているという優越感と満足感を持つのと同じ感覚で行われているとすると、対象がお金だけにちょっとひずみが生じるような気がすると話したような記憶がある。

プロ中のプロ 法を犯してはならない 自分のミスだ。いさぎよいように思えるが
ゲームじゃないのだから 失敗してゲームオーバー はい チョン リセットでもなかろう
法。。。なぜ法 ルールがあるか。。 それは サッカーなら怪我など危険にさらされる。ゲームがつまらなくなる。 いろんな意味合いがあっての事だろう そのルールすれすれで醍醐味を味わうこともあるかも知れない。 しかし 法となるとそんなゲーム感覚で対応してもらっては困る。 法の範囲内ならば何をやっても許されるなど考えているのではないか? なぜ その法ができたか? なぜ その法が必用なのか? 法に唱って無くてもその背景を理解し 法の意味を理解し モラルを持ってあたるのが当然である。弁護士・中坊さんが住友銀行事件の時には、法でない企業モラルを争点に戦うといった言葉思い出されたた。

天罰くだれっ! と 星野前監督がいったらしい。 昨日の報道の中でそんな場面がった。星野さんの映像で映しているのみた時は、天罰が下る? おちる? といっているように聞こえた。

くだれっ と くだるではちょっと 違うように思えた
昔から バチがあたる。 これは 子供の時からよく言われた。別に普通の言葉だ 大事な言葉だ
私などは 親に逆らって大人を言いくるめたが。
 その時は必ず 「そんな、へりくつばかりいっても バチが当たるぞ」とよく言われたものである。

ルールや法でなく へりくつでなく 正しいか 正しくないか これが重要なのであろう。
それを 理解できるだけの人間に日本人も近づきつつあるのでは無いかと期待している。

まぁ しかしインサイダーか それをしかけたかよくわからないが
 昔から 鉄道や高速道路 地下鉄など。。。 インサイダー以上のものがおきていたような気もするが
とにかく 一つ 悪いことは 悪いできっちりしたいものである

しかし 村上ファンドの役割が日本をよくするため。本心がそうであってくれれば
 いずれ 阪神と阪急の統合の成果を待とう
 村上氏も余計なことは語らず 日本を批判するより ひたすら いい国になるよう 黙って信念のもと突き進んで欲しかった

 これからは まぁ お金で買えない物に価値観見いだし よりよい方向に進んでいくようにおもいますが、しかし お金がないと お金で買えない物も失う事は当分続きそうにおもいます
たくさんのお金は必要ないかも知れませんが お金がないことによって起きる悲劇は避けたいものですね。

しかし お金がたくさんあって 我々の知らない幸福があることにもかわりないのでしょうね 笑
一度 味わってみたい気もしますが 知らずに終わっていくのも人生でしょう。

個人の幸福の価値観と言うことですませて 自分を慰めておきましょう。

 

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